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新型コロナウイルス感染症の影響から 学費と生活費に苦しむ学生を守るための緊急提言

新型コロナウイルス感染症の影響から 学費と生活費に苦しむ学生を守るための緊急提言

コロナ禍が長期化するなか、アルバイト収入の減少、家計収入の減少等により、大学等を続けることが困難な学生、日々の生活費に窮する学生が大量に生み出されつつある。

学生アドボカシー・グループ「高等教育無償化プロジェクト FREE」が行った調査の中間報告(2020年4月22日)によれば、「家族の収入が減った」「なくなった」学生が4割、「アルバイトの収入が減った」「なくなった」学生が6割など、コロナ禍による経済被害が学生を直撃し、13人の1人が「大学をやめる」ことを検討しはじめている。

インターネット上にも「食事は一日一食 もうすぐ貯金が底をつきる 国が新たに発表した奨学金も対象外の学校で受けられない 区役所に相談しても門前払い 生活保護も受けられない」「助けてください。国から死ねと言われている気持ちでいっぱいです。」など助けを求める深刻な声が届けられているが、これは氷山の一角に過ぎない。

政府は、5月14日、新型コロナウイルスの影響で経済的に困窮する学生に最大20万円を給付する方針を与野党に示し、準備が進められている。当会議は、同支援の迅速な実行を望むが、他方、学生の窮状に照らせば、その効果は一時的かつ極めて限定的である。

根本的な救済には、更に大規模かつ継続的な支援が求められるが、他方で、現在の危機を乗り越え、長期的な影響にも対応するには、現行制度の利用条件を大幅に拡充し、柔軟な運用による対策もまた急務である。

そのため、当会議は、以下の緊急対策を行うよう提言する。

提言の趣旨

  1. 独立行政法人日本学生支援機構が運営する貸与奨学金について、少なくとも今後一年間、通年で実施すること。
    (1) 在学採用を6月末で締め切らず通年採用すること。
    (2) 貸与月額の上限を、第一種・第二種それぞれについて6万円引き上げること。
  2. 「住居確保給付金」を、アルバイト収入の減少で住居を失うおそれがある学生が広く利用できるようにすること。
  3. 当面の間、アルバイト収入の減少により収入が保護基準を下回った大学生等に対して、生活保護の利用を認めること。

提言の理由

1(1) 新型コロナウイルス感染症の影響で学費等の支援が必要となった学生への支援には、独立行政法人日本学生支援機構を窓口とする、家計急変による給付奨学金、家計急変による貸与型奨学金(緊急採用、応急採用)の制度がある。
しかし、いずれも父母等の家計維持者の家計が急変した場合に適用され、学生本人の収入が減った場合には原則として適用されない(例外的に社会的養護を必要とし、18歳となる前日に児童養護施設に入所していた、または里親に養育されていた場合、結婚し配偶者を扶養している場合などは適用できる。)。
また、前者は、在学校がいわゆる「確認大学等」でない場合は対象外である。
すなわち、学生がアルバイトの職を失い、またはアルバイト収入が減少した場合については、原則として「家計急変」として救済されることはなく、貸与型奨学金を在学中に申し込む「在学採用」の制度を利用することになる。
しかし、「在学採用」の申込時期は特例で延長されたものの4月から6月となっており、期間内に申し込まなければ利用することができない。新型コロナウイルス感染症の影響は、進学時には予測もできなかった事態であり、今後、経済への影響が拡大するなかで、新たな制度利用への需要が拡大することも予想される。加えて、新型コロナウイルス感染症の影響で、日本学生支援機構の相談窓口は業務を縮小しており、構内立入禁止の措置をとっている大学等も多い状況下では、申込みが間に合わない事態が生ずる危険が極めて大きい。
よって、少なくとも今後一年間、在学採用を通年で実施し、随時、申込み、利用ができる措置を講ずべきである。それにあたっては、授業料納付等のためにまとまった額が必要になって申し込むことが見込まれることから、これに対応できるよう、4月に遡って貸与できるようにすべきである。

(2) また、貸与型奨学金の貸与月額には上限が設定され、奨学金を利用している学生の多くにとって、学生生活を送るためにアルバイト収入は必須である。
しかし今回は、多くの学生がそのアルバイト収入を断たれている。奨学金を利用していない学生は、奨学金でこれを補填できるが、既に上限額まで奨学金を利用している学生は、このアルバイト収入の不足を補うことができない。
日本学生支援機構の平成28年度学生生活調査によれば、学生の4人に1人(26.3%)は、1週間あたり16時間以上を「アルバイト・定職」に充てており、月に6万円以上のアルバイト収入を得て学生生活を維持している学生は少なくない。このような学生は、アルバイト収入が断たれると生活が立ち行かなく危険がある。
これらの学生の多くは、時給制で就労しているとみられ、労働基準法上の問題はともかくとして、現実には休業手当等の補償を得られない可能性が高いから、アルバイト収入の減少分を補填できる仕組みを早急に設ける必要がある。それには、貸与型奨学金の貸与上限額を引き上げ、学生本人の申出により貸与額を増やすことができるようにするのが現実的である。
そこで、2020年度に限り、アルバイト収入の減少分を補填できるよう、第一種・第二種それぞれについて、貸与月額の上限を6万円引き上げるべきである。

2 「住居確保給付金」の制度が改正され、休業等に伴う収入の減少により、住宅を失うおそれが生じている者も対象となり、ハローワークへの休職申込みが不要になるなど、利用基準が緩和された。
これについて、「住居確保給付金 今回の改正に関するQA(vol 5)は、「学生は(略)基本的には支給対象とならないと考えられる。」とした上で、「ただし、世帯生計の維持者であり、定時制等夜間の大学等に通いながら、常用就職を目指す場合などは、支給対象となると考えられる。
また、専らアルバイトにより、学費や生活費等を自ら賄っていた学生が、これまでのアルバイトがなくなったため住居を失うおそれが生じ、別のアルバイトを探している場合にも(略)、当分の間、例外的に住居確保給付金は支給されることになる。」とし、具体的な例として、児童養護施設を出て大学に通う学生など、事情により両親を頼ることもできず、扶養に入ること等もできない場合を挙げて、同制度は、極めて限られた学生のみを対象にしているかのように説明している。
しかし、「生計を主として維持していた者」をそのように狭く解する理由はない。
奨学金を利用し、親からの支援も一部受けつつ、アルバイト収入で学費と生活費等をギリギリ賄っている学生も多い現状に照らせば、このような学生を制度の対象外とする合理的理由はない。
よって、「住居確保給付金」を、アルバイト収入の減少で住居を失うおそれがある学生が広く利用できるようにすべきである。

3  現在、生活保護家庭の子どもが大学等に進学しようとする場合、「世帯分離」によって、大学等に進学する子どもを生活保護から外す手続がなされており、生活保護を受けながら大学に通うことは認められていない。これは、生活保護世帯の大学生等は「稼働能力を活用していない」とみなされるためである。
しかし、大学等に進学した学生の中には、アルバイト収入を含めて生活設計をし、実際にも、アルバイト収入を学費と生活費の重要な原資として、どうにか学生生活を維持し、またはしてきた学生がかなりの割合で存在すると考えられる。
そのような学生が、新型コロナウィルス感染症の影響でアルバイトを失い、またはアルバイト収入が減少して、その結果、収入が生活保護基準を下回る状態に陥った場合に、大学等に通っていることを理由に生活保護を受けられないとすれば、他の制度の支援が受けられず、間に合わない場合であって、生活保護しか方法がない場合には、生活保護を受けるために大学等をやめる決断を迫られることになる。
逆に、その状態で大学を続けようとすれば、生活保護を受けられないことで、命にもかかわる深刻な事態が生ずることになる。
そもそも、アルバイトをしながらでも大学等に通うことを、稼働能力を活用していないと考えること自体に問題があるが、それを措くとしても、今回の新型コロナウイルス感染症の影響は、進学時には到底予想もできなかった社会的大事件である。
入学試験に合格し、アルバイトと学業を両立させつつ生活していた大学生等が、このような不測の事態に遭遇し、別のアルバイトを見つけようと努力してもなお必要な収入が得られなくなったために、保護を要する状態になった場合にも、大学等をやめなければ生活保護を受けられないというのは、極めて不合理である。
このような学生は、急に梯子を外されたに等しく、稼働能力を活用していないというべきではない。
この点で、進学前とは異なる事情がある。
また、生活保護法4条3項は、急迫した事由がある場合には、資産、能力その他あらゆるものの活用を要件としないことを明らかにしており、このような観点からも大学等に在籍していることのみから生活保護の受給ができないとすることは問題がある。
よって、アルバイト収入を失い、またはアルバイト収入が減少して、収入が保護基準を下回った大学生等に対し、当面の間、生活保護の利用を認めるべきである。

なお、現在の日本学生支援機構の奨学金制度は、親などの所得等を基準にしており、学生個人を基礎にした制度となっていない。
今回、たまたま、家計の急変が生計維持者のそれを基準にしていることの矛盾が、アルバイト収入の急変に対する支援の限界として明らかになったが、問題は更に深く、学生の中には、親などとの間に複雑で深刻な問題を抱える者が決して少なくないことにも留意し、今後、学生個人の状況に照らした支援制度への変革を目指す必要がある。
また、在学採用等の貸与型奨学金については、FREEのアンケートからも、借金を増やすくらいなら大学をやめると考えている学生の存在が明らかになっている。
当会議は、貸与型奨学金が、回収至上主義に基づく制度設計と運用、返済困難者に対する救済制度の不備によって悲劇を生んでいることを指摘し、早急な改善を求めてきた。
新型コロナウイルスの影響の長期化で、貸与型奨学金の利用者も増加することが予想されるなか、返済の負担が新たな悲劇を生まないよう、返還制度の抜本的な改善を急ぐ必要がある。

以上のとおり、提言する。

文  部  科  学  省  御中
厚  生  労  働  省  御中

2020年5月18日

奨学金問題対策全国会議
共同代表  大  内  裕  和
共同代表  伊  東  達  也
事務局長  岩  重  佳  治

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